From:桜井啓太
「コーヒーが切れたので買いに行くか」と、スタバに行ってきた帰りのこと。
ついでだからとオフィスのポストを開けてみると、こんなチラシが入っていました。
普通、ポストに入っているチラシはたいていが何かを売るためのもの。恵比寿オフィスであれば、不動産、整体、美容室などなど、毎日たくさんのチラシが入っています。
その中の多くは捨てられてしまう運命にあるもの。しかしその中でも目を引くやつがあればとっておきます。その商品が欲しいからというより、セールスライター的に参考にしたいから、という理由のほうが多いですけど。
でもこのチラシは、興味があるからとか参考にしたいからとか、そういう表面的なベネフィットでは全くない。かなり深いところで心を揺さぶられました。だから、持って帰ってきました。
このチラシから感じられるストーリー
おそらく、このチラシは2枚目です。残念ながら1枚目は見落としていたのだろうと思います。ですが、書かれ方等を見るに1枚目もほぼ同じ内容だっただろうと推測されます。たぶん、下のほうが1枚目そのままで、上の赤字と左右を後からくっつけたんでしょう。
このチラシは、10月30日にマンションから飛んでいってしまった傘を探すチラシです。人探しや犬探しのチラシは何度か見ましたが、傘を探すチラシははじめてです。
なぜ、傘にそこまでこだわるか。このチラシには、亡くなったおばあちゃんと最後の買い物で買った傘なので、ということが書かれています。なるほど、形見の品というわけなんですね。
おそらくその子どもからしてみたら、この傘はおばあちゃんそのものなのでしょう。何でもそうですが、最後が一番印象に残ります。そのお子さんが最後におばあちゃんと一緒に体験したこと。その買い物で買った傘。
だからその傘を失くすというのは、もうおばあちゃんと会えないに等しいくらい、途方もない悲しみだったと思います。
ところで傘を失くしたという10月30日の東京の天気図はこちら↓
この前日、東京はやばいくらいの大雨でした。バケツを引っくり返したとはまさにあのこと。しかし夜22時くらいにはもうあがってしまい、翌日であるこの10月30日は逆にびっくりするくらいの良い天気でした。前日この傘を差して出かけ、乾かすために廊下に置いていたんでしょうね。
とはいえ風速が8m/秒だったということなので、風が強い日だったのは間違いないようです。廊下に置いていたみたいですから、ずっと見張っていたわけではなさそう。飛んでいったのにすぐには気づけなかったのかもしれません。
傘が飛んでいってなくなってしまったのに気づいたときのそのお子さんの様子は、見ていなくても分かるような気がします。その様子にいたたまれなくなり、お母さんかお父さんがこのチラシをつくったのかもしれません。
セールスライターとして分析してみようと思ったら、いくらでもできると思います。例えば、ヘッドラインの「傘を探しています」という一文。これは、セールスライティング的にはあんまり良いものではなりません。完全に「meメッセージ」だからです。
ですが、そんなことを考えるのはこの場合あまり意味がありません。下の方の、「形見の傘でとても大切にしておりました」という一文。さっきも書きましたが、形見っていうのはその人にとっては故人そのものなんですよね。形見の品がいくつあるのかは分かりませんが、これがもしかしたら自分と故人とをつなぐ唯一の品かもしれない。
そんな形見の品をなくしてしまったときの感情を想像することができたので、これを読んだこちらは「何とか動いてあげよう」という気持ちになりました。もちろん見つかるまで探すというところまではいかないんでしょうが、この傘の写真を目に焼き付けておき、見つけたら必ず届けるということをしたと思います。
逆を考えてみましょう。このチラシのヘッドラインがきちんとしたセールスライティングスキルにのっとったものであったとしたらどうか。例えば、
- 求む!この傘を見つけて届けてくれる方
あるいは賞金でもつけて、
- この傘を見つけてくれた方に謝礼1万円をお支払いします
より具体的になったとは思います。しかしその代わりに形見であることを書かなかったとしたらどうでしょうか?
どんなにスキルを鍛えても、どんなにテクニックを盛り込んだとしても、心を動かれなければ意味がないのです。そんなことよりも、この子のために何とかしてあげたいという気持ちが少しでも生まれれば、その方がよっぽど目的を達成してくれるチラシになります。
サンキューレターのやばい効果
というか、このチラシを作った方のすごいところは、「ありがとう」ということを伝えるためにもう一度チラシを入れていたことです。今回お見せしているチラシは、そもそもその2通目なのです(1通目の内容は推測しているだけ)。
目的を達成できたんだから、普通はもうチラシを入れなくていいわけです。何通配ったかは分かりませんが、恵比寿はマンションが多いので数百枚にはなるでしょう。家庭用プリンタで印刷するとしたら、割とけっこうなコストです。
でも、配った。そこには、このチラシを作られた方、そしてそのご一家の得られた感動が思い浮かびます。おそらく、それをちゃんと伝えたくて、またチラシを作成してくれたのでしょう。
右側の一文。
「祖母とのたくさんの思い出の詰まった傘、エントランスに届けていただいてあるのを見た子どもは抱きしめて泣いていました」
ほんと、良かったねと声をかけてあげたいです。子どもの様子がイメージできるように書いてくれています。そして純粋に、お母さんもしくはお父さんがそれを見て感じた気持ちが伝わってきます。
このチラシを見た近所の人たちはこう思うのではないでしょうか。「ああ良かった。今度知らない傘が道端に落ちていたら、同じような思いの人のものかもしれないから拾ってあげよう」
ここ恵比寿1丁目っていうんですが、ここの住人の方々の「与えるマインド」を十分に育ててくれたのではないでしょうか。このチラシのご家庭も本当に良かったと思うし、その思いを地域に分け与えてくれることで、また1つより良い街になったのだと確信しています。
「伝える」スキルは世界を救う
セールスライターをやっていて思うのは、「これは売るためだけのスキルではない」ということ。たとえ商品がなくても、たとえ利益が上がらなくても。相手に何かを伝え、相手を動かす。そのためのスキルがセールスライティングであるということです。
だからこのチラシがやろうとしていることも、セールスライティングでやれることも、違いはありません。同じことです。
このチラシは、決して凄腕のセールスライターが書いたわけではないと思います。それでも、読む人の心を動かし、子どもを悲しみから救い、そして地域社会に貢献した(と僕は思う)。
素晴らしいじゃないですか。詐欺商材を売って小金を稼いでいるセールスライターよりよっぽど素晴らしい。
僕らが身につけようとしているのは、そういう社会に価値を生み出すスキルです。だから、目先のクライアントがとれないとか、報酬が得られないとか、そういうことで悩んでいてどうするんだ、という気持ちになりました。
セールスライティングは生き方です。もしここに賛同してくれるなら、こちらの動画もご覧になってみてください。